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更新日:2015年8月6日

多用な岩石・花崗岩(かこうがん)

大坂城の石垣となった岩石

唐津湾を見下ろす浮岳(うきだけ)、その左前方に立つ十防山(とんぼやま)、それにつながる七山は、脊振山から続いている花崗岩(かこうがん)地帯です。この花崗岩の嶺(みね)には、観音の滝、猪掘の滝(いぼりのたき)などのいくつもの小さな滝があり、やがて小さな流れとなり上流から中流へ中流から下流へと両岸の花崗岩を削って玉島川に繋がります。

アユ釣りやシロウオが獲れる玉島川は、両岸から川床まで大小様々の花崗岩の露出した美しい川です。やがて、川は唐津湾に注ぎ、運ばれてきた花崗岩の細粒が堆積(たいせき)した白砂の美しい海岸になります。白砂青松の虹の松原は、クロマツと共にこの風化した花崗岩が白砂を作りだしています。

この玉島川を南に見下ろす標高約190mの黒田山山頂に、昔から谷口石切丁場(浜玉町谷口)といわれる石切丁場跡があります。石切丁場とは、城の石垣を築くために、石垣石材を切り出す為の丁場の事です。ここでは、これまで地元で「太閤石」と呼ばれていた巨大な石材や、矢穴が残る石材が確認されています。

この谷口石切丁場跡で、平成20年4月からの数回の調査で、石垣角石と思われる方形角石が4石確認されています。石垣を築く時に、石垣面に使われる石材を「築石(つきいし)」、隅角部(ぐうかくぶ)(出角というコーナー部分)に用いられる石材を「角石(かくいし)」と言います。

谷口石切丁場跡では、石垣角石と思われる方形石材が4石確認されています。4つの方形石材は約150cm×約140cm×約400cm(約5尺×約4尺6寸×約1丈3尺2寸:推定重量22~23トン)とほぼ同規格の物です。そのほか、この方形石材の周辺には2m以上の大きさの物や、石を割る時に出る10~20cm大の小さな端材も多数出ています。

石垣普請には、石垣を築くための膨大な量の石材が必要になります。多大な経費と労力、期間を要する石垣普請において、石垣石材をいかに素早く、効率よく、安価に入手するかが、各大名の藩経営に直結する重要な課題だったようです。

幸い、唐津地方には石材になる玄武岩、花崗岩が広く分布しています。背振山から延びる黒田山を含めたこの辺一帯の丘陵地は花崗岩からなり、周辺では巨大な花崗岩の露頭(ろとう)が見えます。谷口石切丁場には高さ5mほどの花崗岩露頭があり、こうした露頭を母岩として豊富な石材が供給できたものと考えられます。また、谷口石切丁場跡の周辺には古くから人々がいた痕跡が残されています。多大な労力も十分まかなえた物と考えられています。

エピソード・伝承・うんちくなど

地元で「太閤石」と呼ばれていた巨大な石材が、豊臣秀吉によって築城された名護屋城(唐津市鎮西町名護屋)の石垣に用いられた事、また時代が下り唐津初代藩主寺沢志摩守のころ「大坂城公儀普請の為」に、唐津から石材を搬出した事が裏付けされています。
谷口石切丁場跡の巨大な方形石材群を目の前にすると、花崗岩の特性と価値を巧み(たくみ)に利用してきた先人達の叡智(えいち)と自然の素晴らしさに驚かされます。

地図・写真・統計資料など

原石の鉄片

原石の鉄片(川浪誠さんより)

谷口石切場

谷口石切場(川浪誠さんより)

引用・参考文献(出典)

  • 唐津市教育委員会文化課
    資料

参考文献について

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電話番号:0955-72-3467

多用な岩石・花崗岩(かこうがん)

多様な岩石・花崗岩(かこうがん)PDFデータ(PDF:181KB)

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問い合わせ

文化振興課 

佐賀県唐津市西城内1番1号

電話番号:0955-53-7129