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更新日:2015年8月6日

蕨野(わらびの)の棚田

先人の情熱と結束力がつくりだした景観

相知八幡岳の北麓(ほくろく)に、日本一の高さの棚田(段高が3~5mが多いものの、昭和元年~同10年にかけて造成された日本一の高さの棚田は8.5m)があり、その高さや堅牢(けんろう)な石積み景観は、城壁に例えられるほど壮麗です。

特に歴史的に目を引くのは、谷部分の棚田には大小200か所を超える横穴水路(暗渠(あんきょ))が見られることです。その部分は、人が入ることができる程の規模で、棚田の造成時に広い面積を得るために谷の最低所部を暗渠にして排水し、灌漑水(かんがいすい)として地下水(湧き水)を集め、用水とするなど先人の知恵は目を見張るものがあり、苔(こけ)むした地下道に足を踏み入れると、当時の先人達の血のにじむ労働の熱気を感じることができます。

立地が急斜面であると共に、集落部分からやや離れており、農機具をはじめ道具運搬も困難であったため、曲がりくねった農道には農具や肥料を保管や時には休憩場になる作業小屋が点在し、棚田の風景に色づけをしており景観のアクセントにもなっています。

蕨野地区に残る昭和18年の「石盛普請帳(いしもりふしんちょう)」から当時の造成状況を知ることができます。それによりますと、石積み棚田は「石垣棟梁」と呼ばれる石工と作業に携わった村人による共同作業で行われ(手間講)、明治から昭和初期に造成されました。
主に農閑期に行われたそうですが、裏組、中組などの各組十数人が集まって、石積み、盛り土による床土(とこつち)作りなどが行われ、年末年始と紙漉き(かみすき)作業時以外は、ほとんど毎日造成に当てられたという血のにじむ歴史が記されています。

平成20年7月28日全国初「棚田の重要文化的景観」選定

エピソード・伝承・うんちくなど

五つの谷間にまたがるために、尾根を越えての営農で他の棚田と比べても特別困難な労働を要していますが、それでも今日まで良好な状態で景観が残されてきた要因は、棚田米の生産条件を改善する水利施設や農道の整備、そして畦畔(けいはん)コンクリートなどの基盤整備と手間講に代表される住民協働の伝統があるためではないでしょうか。

2003年から蕨野棚田保存会では米の作付け品種を「夢しずく」に限定し、JAや農業改良センターと連携し販路開拓や生産に関する協議を繰り返してきました。
都市部との交流も進みイベントも多く行われ参加者も年々増え、町おこしに一役かっています。

地図・写真・統計資料など

蕨野(わらびの)の棚田

蕨野(わらびの)の棚田

相知町南端で八幡岳の北麓に位置しています

蕨野棚田の暗渠

蕨野棚田の暗渠
すぐに水を引き込むと冷たい為、田の周りを一周してから田へ水を引き込む工夫がされています
(佐賀大学客員研究員:田中明さんより)

引用・参考文献(出典)

  • 相知町作成「蕨野の棚田」相知支所:産業・教育課)

参考文献について

参考文献については、近代図書館が所蔵している資料もあります。

資料についての問い合わせは近代図書館までお願いします。

電話番号:0955-72-3467

蕨野(わらびの)の棚田

蕨野(わらびの)の棚田PDFデータ(PDF:253KB)

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問い合わせ

文化振興課 

佐賀県唐津市西城内1番1号

電話番号:0955-53-7129