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更新日:2015年3月1日

移住者体験談>日芳保彦さん

なりゆきで始めた農業から、目指すは1万坪の果樹園の再生

  • 日芳 保彦さん
    元公務員/唐津市肥前町在住

探し求めてたどり着いた約束の地

日芳さん

「来た人は誰も褒めません。みんなあきれて帰りますよ。」と言って笑う日芳さんは国家公務員を定年退職後、約2年前に、奥さんを残して福岡から唐津市肥前町にやってきた。ここ梅崎地区は静かな内海に面した戸数19世帯の小さな集落。かつては佐賀県でも指折りの炭坑地として栄え、両親を亡くした少女が窮乏に耐えて必死に生きる姿を綴ったベストセラー「にあんちゃん」の舞台となった地域だ。

日芳さんは公務員として東京に約25年、福岡で約20年住んだ後、田舎暮らしを志してやって来た。最初は釣りや家庭菜園が楽しめるような、ごく普通の田舎を探して九州各地を回ったが、イメージに合う場所がなかなか見つからなかったという。熊本の農家に生まれた日芳さんにとって、洒落た別荘地などはどこか都会の匂いがしてピンとこなかったのだ。

あきらめかけていた矢先、たまたま訪れた唐津で土地の看板を見つけ、業者さんに希望を伝えたところ、何件か紹介された最後に、この場所へと案内された。元はミカン園だったが30年近く放置されてきたというこの土地は、普通の人には暗い雑木林にしか見えなかったはずである。しかし日芳さんは海へとゆるやかに斜面した風景になぜか心惹かれ、初めて来たその日に購入を決めたという。

最初は「都会のマンションを退職金で買うようなもの」と思ってあまり深く考えず、1万坪の土地購入と家の新築をまとめて契約した日芳さんだったが、整地が終わって視界が開けると、改めてその広さに驚いたそうだ。

家の内装
くつろぎの家は佐賀県産の材木にこだわった

するつもりのなかった農業に挑戦

農地の様子

さて、日芳さんの土地取得には一部農地が含まれているという問題があった。法律で農業を目的としたもの以外は農地を買うことができないのだ。そこで、やむを得ず農業を始めることを決め、農業大学で4ヶ月間の研修を受けた後、地元の農業委員会の承認を得て、晴れて正式な農家となることができた。
そもそも小さな畑は作りたくても「農業」で生計を立てるつもりは無かった日芳さんだが、「結果的にそういう人生になっちゃった」と笑い飛ばし、成り行きを楽しんでいるようだ。
しかし、やると決めたからには手を抜かず、毎日土まみれになって整地作業を行い、2年目にブドウ150本、ミカン700本の苗木を植えた。労を費やした分、日に日に変わっていく農地を見て、日芳さんはますます農業に魅せられていく。
「のんびりしようと思って田舎に来たのに、忙しくて釣りにも行けない。毎日くたくたになるまで作業して、夜はビール飲んだらバタンキュウ。退職前に太った体がすっかりスリムになりましたよ。」と本当に楽しそうだ。

農業で社会に恩返しをしたい

農作業の様子
まだ苗木を植えたばかりなので収穫は来年からだが、雑木林に30年覆われていたネーブルの木が再び実をつけるなど、自然のたくましさ、美しさに感動する毎日だという。
一生懸命に果樹園再生に取り組む日芳さんの姿に地域の人たちも心を開き、何かと声をかけてくれるし、果樹栽培のノウハウはもとより、日常の会話の中でも農業や田舎で生活する術を教えてくれる。
「地区のお年寄りはみな人生と農業の達人。その経験と知恵は大事にしたいですね。働いてるお年寄りはみんな元気で生き生きしてるから、僕もそれを目指したい。」と話す日芳さんの目も輝いていた。
これからの夢について尋ねると「簡単ではない果樹栽培だけど、できるだけ農薬は使わないやり方でやってみたい。除草剤を使わずすむように、ヤギを飼って草を食べさせようかと計画中です。」さらに「せっかくこれだけの果樹園をやることになったので、障害のある子どもたちやお年寄りと一緒に収穫して、収入を分け合いたい。僕ら団塊の世代は多くの先輩たちにお世話になっているから、何か社会に対して恩返しをしたいという気持ちがあるんです。」と穏やかな表情で語った。
他人にはただの荒れ地に見える場所でも、ある人には新しい夢を見つける舞台となることがある。好きな土地に住むことの大切さを、日芳さんの笑顔が教えてくれた。

問い合わせ

企画政策課 

佐賀県唐津市西城内1番1号

電話番号:0955-72-9115