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更新日:2015年3月1日

移住者体験談>甲斐田晴子さん

東京や海外で学んだ経験を生かし、唐津のまちを元気にするため日々奔走中

  • 甲斐田晴子さん
    いきいき唐津(株)勤務/唐津市鏡在住

広い世界での経験から見えてきた地方の課題

甲斐田さん

全国どこの地方都市でも経済の停滞や商店街の空洞化が課題となっている昨今、唐津市でも例外ではなく、近年は特に中心市街地にどう人を呼び込み、活性化していくかが課題となっている。そこで唐津市は中心市街地活性化のための計画づくりを行い、その計画を実行するための実動組織として、2010年3月、まちづくり会社「いきいき唐津」を設立した。そこで現在スタッフとして働いている元気印の女性が甲斐田晴子さんだ。
もともと唐津出身である甲斐田さん。中学から福岡で寮生活を送るなど根っからの行動派で、高校卒業後は関西の大学に進学。しかし「きちんと社会のことを知るには、このままなんとなく勉強を続けるよりも、働くのが一番」と考えるようになり、いったん休学して上京。大手情報出版会社に就職して厳しい世界で実務経験を積んだ。その後は働きながら受験をし、再び東京の大学に入学。大学では海外留学も経験した。そうして自らの心の求める方向に行動を起こし、たくさんの人と交流を重ねる中で、甲斐田さんの心の中にずっとありつづけたのは、故郷唐津だった。

家族とともに唐津に移り、地域づくりの道へ

コーヒーの写真

折しも時は構造改革が叫ばれ、政治経済の機構が中央から地方へと移りつつあった頃、甲斐田さんは「これからは地方が独自に地域づくりをする時代になる。私は地方で法律のスペシャリストとして発展に貢献しよう」と考え、法科大学院での勉強を始める。
そんな甲斐田さんが本格的に唐津に移住しようと決めたのは2011年春のこと。数年前から唐津で暮らす親の事情で一時帰省のつもりで東京と唐津を行き来する生活だったが、すでに結婚して長男も生まれているなか、東京での子育てに疑問を抱いていた。また東日本大震災の後湧いてきた東京生活の不安や、家族の結びつきを大事にしたい思いが高まり、現在は一家そろってのUターン移住をしている。
久しぶりに歩く唐津の町はシャッターを閉めたままの店が目立ち、どこか元気がなくなったようにも見えた。それでもずっと忘れていた潮風の匂いを感じたり、子どもの頃から大好きだった唐津くんちのお囃子を聞いたりしているうちに、故郷への思いが高まっていった。
当初は福岡への通勤も考えていた甲斐田さんだったが、ちょうどそのころ活動をはじめたばかりのまちづくり会社から声がかかり、「自分の知識や経験が活かせるのではないか」と入社を決めた。

地方だからこそ任される、やりがいのある仕事

店の様子

経験と知識を買われた甲斐田さんは、既にアンケート調査で明らかになっていた市民の「唐津で映画がみたい」という要望にこたえる「唐津シネマの会」のプロジェクトをゼロから任される。県からのバックアップの働きかけも成功し、20年近く映画館が無い唐津のまちで今年の夏から映画が定期に見られるようになる予定だ。更に2011年秋に開業した大手口センタービルでは、ビルの顔となるカフェのプロデュース、運営も任されることになった。最初は「無茶ぶり」と思ったそうだが、持ち前のバイタリティを発揮してわずか数ヶ月でオープンにこぎつけ、唐津の新しい交流スポットとして人気を保っている。
さらにクラシックコンサートや交流フェスタなど10本あまりのイベント責任者も兼務し、「いつも死にそうに忙しいです」と笑うが、「地方で若い女性にこれだけのことを任せてもらえるのはありがたい」と前向きにとらえ、毎日様々な壁につき当たりながらも、地域の中で自分を生かす道を楽しんでいる。
「おいしい空気と新鮮な食べ物があって、家族が一緒にいられる、これほど豊かなことってない」と実感している甲斐田さん。唐津に不足していると感じる文化、教育面の充実を目指し、今日も忙しく飛び回っている。

インフォメーション

問い合わせ

企画政策課 

佐賀県唐津市西城内1番1号

電話番号:0955-72-9115