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更新日:2017年5月23日

国指定重要文化財~旧高取家住宅(きゅうたかとりけじゅうたく)

旧高取家住宅気球写真

旧高取家住宅外観

能舞台写真

能舞台

takatori-youma

洋間

旧高取家住宅は、杵島炭鉱などの経営者として知られる高取伊好(これよし)が明治37年に自宅として建築した邸宅で、その後昭和初期にかけて増築がおこなわれ現在の規模になりました。

高取伊好は、嘉永3年(1850)、佐賀県多久の鶴田家に生まれ、高取家の養子になりました。明治5年(1872)に工部省鉱山寮で採炭学を学び、長崎県の高島炭鉱に技師として勤めた後に独立し、炭鉱経営者となりました。唐津市北波多の芳谷炭鉱開鑿(かいさく)、唐津市相知町の相知炭鉱経営を経て、杵島炭鉱の経営で「肥前の炭鉱王」と呼ばれるほどの成功を収めました。

旧高取家住宅は、生活空間である居室棟と主に接客空間である大広間棟からなり、和風を基調にしつつ洋室をもつなど、近代和風建築の特色をもつ一方、大広間棟の室内に本格的な能舞台を設けるなど、ほかに類を見ない特色をもっています。

また、大広間棟を中心に、杉の戸板に絵を描いた杉戸絵や、動物の型抜きや植物の浮き彫りを施した欄間などの優れた内部意匠もみられます。また、伊好の寝室・書斎間にはマントルピースを設け、巧みに和風の意匠に溶け込ませています。明治期の和風木造住宅としては規模が大きく、特に佐賀県内においては最大級で、良質な材料をふんだんに使用し、意匠的にも優れた住宅建築として貴重なことから、平成10年に国の重要文化財の指定を受けました。

平成13年度から17年度にかけておこなわれた保存・修理工事によって建物の規模が最大となった昭和初期の姿に復原され、平成19年から、「旧高取邸」として一般公開されています。

指定:平成10年12月25日
所在地:唐津市北城内5-40
種別:建造物
 

 

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問い合わせ

生涯学習文化財課 

佐賀県唐津市南城内1番1号

電話番号:0955-72-9171