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更新日:2015年8月6日

かんね話

江戸中期から語り継がれた笑い話

唐津地方に伝わる代表的民話「勘右衛(かんね)話」は、老人から子どもに至るまで古くから親しまれてきました。滑稽(こっけい)で風変わりな「勘右衛さん」の奇行として江戸中期から語り継がれた笑い話で、唐津の風土・習慣に加え、昔ながらの唐津の方言で語られる物語です。子ども達は「聞かにゃ寝られん」と何度も同じ話をしてもらったといいます。

江戸時代、唐津に「勘右衛門」と言う人が住んでいました。人々は彼のことを親しみを持って「勘右衛(かんね)どん」と呼んでいました。このこっけいで風変わりな人とんちは効くが、ずるがしこい人「かんね」は人気者でしたが必ずしも好意を持っている人ばかりでもありませんでした。

類似の話は全国各地に伝えられています。九州では、「大分の吉四六」と「熊本の彦市ばなし」が有名です。

かんね話例

“日本一の山”

今日は、かんねどんの、日本一の山の話ば、しゅうだい

大石村の若者達が若者宿に集まって、世間話に花を咲かせていました。
一人の若者がいかにも得意顔に「日本一高か山はどこにあるか知っとるかい」と、尋ねました。するともう一人の若者が「そりゃ駿河(静岡県)の富士山ばい。不二とも書くから、あの山より高か山はなか」と、知ったふりをしました。その時、かんねどんは横になって寝ておりましたが、すぐに起きあがって「なんちゅうことを言うか。この馬鹿者どもが」と大声を出しました。

話をした者も、話を聞いた者も、なぜかんねが大声を出して怒鳴ったのか分からず、びっくりしてしまいました。中でも馬鹿者と言われた若者は真っ赤な顔をして怒り「馬鹿者は、かんねお前じゃなかか。誰にでん聞いてみんかい。日本一の山は富士山だと言わすぞ」と文句を言いました。

すると、かんねは「そう、思い込んどるけん、馬鹿て言うとぞ。唐津ん近くに日本一の山があるとば知らんとは、情けなかなァ」と言います。それで若者はますます意地になって「そん山はどこにあるか言うちみんかい」とかんねに詰め寄ります。

しかし、かんねは落ち付いて「そんくらいのことも知らずに、恥ずかしゅうはなかか。中町の竹屋のうなぎば賭けるなら、教えてもよか」と若者を冷やかします。すると若者はますます頭に来て「よし、賭けをしよう」と、かんねの賭けに乗ってきました。すると、かんねは右手で胸ぐらをトンと叩き、ゆっくりと「その山は、鏡山たい」と言いました。すると若者は目の玉を白黒させながら、「鏡山?鏡山がなんで日本一高か山かい。かんね、お前こそ馬鹿者ばい。いいかげんなことば言うとはやめといてくれ。あん低っか山がなんで日本一かい。浮岳より低かじゃなかか」と反対かんねをやりこめます。すると「そう、見たとおりにいかんところが面白かと。お前達は毎日鏡山ば見とるけん、低かて思うとろうが。よう考えてみろよ。鏡山は名前のとおり、今はかがんじょる(かがんでいる)。あの山が立ち上がってみろよ。どのくらい高くなるか見当もつかんぞ」と教えました。

この話のやり取りを、脇で聞いていた若者達は「本当、本当、かんねの言うとおりじゃ」と、かんねどんの意見に同意しました。そこで、この賭けはかんねの勝ちとなり、かんねは竹屋のうなぎをただで食べました。今日の話は、ここまで…。

(富岡行昌著「かんねばなし」より)

地図・写真・統計資料など

2011年唐津キャッスルライオンズが発行した絵本

2011年唐津キャッスルライオンズが発行した絵本

引用・参考文献(出典)

  • 『唐津かんねの昔』富岡行昌著
  • 『かんねばなし』上・下、富岡行昌著

参考文献について

参考文献については、近代図書館が所蔵している資料もあります。

資料についての問い合わせは近代図書館までお願いします。

電話番号:0955-72-3467

かんね話

かんね話PDFデータ(PDF:118KB)

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