ホーム > 市政情報 > 市の概要 > 唐津の魅力データ集 > 唐津の魅力データ集 > 文化 > 唐津の祭り6:祇園祭と各地のくんちほか

ここから本文です。

更新日:2015年8月6日

唐津の祭り6:祇園祭と各地のくんちほか

祇園(ぎおん)と親しみを持って呼ばれる神は八坂神社で祭神は素盞嗚命(すさのおのみこと)とし、疫病(えきびょう)から守る神として信仰を広めました。
祭は、お祓い(はらい)と山傘(やまがさ)、風流踊りを中心とするにぎやかなもので今日の夏祭りとして全国で広く行われています。

小友祇園祭

万治元年(1658)、当地に流行したコレラの疫病退散を祈願し、笹竹に御幣(ごへい)を付けて村内を回ったことが神事の始まりだと言われています。
現在では、旧暦6月14日と15日の大潮の日が祇園祭開催と決められています。
約1週間かけて高さ15m、重さ約3トンの山笠を地元の青年達によって造り上げられています。
祭当日は干潮直前にお祓いを終え、「イナイ棒」と呼ばれる4本の棒を約50人の法被姿の若者が担ぎ上げ、鉦(かね)と太鼓による囃子(はやし)に乗り、「アーサッサ」の掛け声とともに吹流しや餅花で飾った山笠は海の中へと進みます。

ところ

唐津市呼子町小友地区

開催日

旧暦6月14日・15日

小川島祇園祭

顔に化粧をした男達が、鐘や太鼓、笛の音色に合わせて山笠を引いて島内を廻(まわ)ります。

ところ

唐津市呼子町小川島

開催日

旧暦6月14・15日

浜崎祇園祭

まむし除けで知られる浜崎・諏訪神社境内に祀(まつ)られている祇園社の祭礼です。
宝暦3(1753)年、浜崎の浜区の網元・中村屋久兵衛が京都の八坂神社を参拝した岐路で博多で櫛田神社の山笠を見物し、地元の病疫退散と五穀豊穣(ごこくほうじょう)を祈願して始まりました。
漁業(浜区)、農業(西区)、商業(東区)の人々が、それぞれ大漁、豊作、繁盛を祈願して3基の山笠を作り旧暦6月15日前後に市中を曳(ひ)き回したのが起源と言われています。
山笠は高さ15m、重さ約5トンで九州でも最大級を誇ります。台車の上に5本の柱を立て「槍出し(やりだし)」と呼ばれる腕木を大きく張り出し、そこを館や人形で飾ります。飾り物は毎年変わり、表を伝統的な時代物、見送りは時代を流行したものを題材にします。

山囃子(やまばやし)は、笛・太鼓・鉦に三味線が加わり、10曲以上が継承されています。
三台の山笠が町中心部を巡行後、宵闇(よいやみ)に諏訪神社前で無数の提燈(ちょうちん)に灯りを点した華麗な山笠を右回りに何回も旋回させる「大まぎり」があります。1台につき約150人の締め込み姿の男衆が出すエネルギーは暑い夜空をさらに加熱させます。

ところ

唐津市浜玉町浜崎、諏訪神社周辺

開催日

7月第3土曜・日曜日

 

徳須恵祗園祭

250年以上の伝統を誇る徳須恵神社の夏祭りです。博多祗園山笠の飾り山のような山笠1基が、無病息災と豊作祈願を込めて地域内を勇壮に引き回されます。
祭当日は各家の軒先に朱色で描いた吉祥模様(きっしょうもよう)の燈明(とうみょう)が飾られ、夏祭の風情に花を添えます。
芳谷炭鉱華やかなころは、山笠2台を引き回し夜店も多く参詣人や見物客も多かったですが、最近は山笠も1台で昔の面影はありません。この日は、水泳をすると河童が引くと言われています。

ところ

唐津市北波多徳須恵地区

開催日

7月第4土曜・日曜日

 

納所(のうさ)くんち

納所住吉神社の秋祭りで、「浦島太郎と竜宮城」と「鳳凰丸(ほうおうまる)」という2台の山笠が納所地区を巡ります。(数年に1度)
また、境内(けいだい)では御座(ござ)に2組の花嫁と新郎の顔を描いたものを体にすっぽりと巻きつけ、滑稽な踊りを披露する「ガメ踊り」が奉納されます。
囃子(はやし)は「新道囃子(しんみちばやし)」「お江戸くだり」など12曲があります。

ところ

唐津市肥前町納所、住吉神社境内

開催日

9月第3または第4日曜日

 

星賀くんち

鷹島肥前大橋が開通し、民間フェリーがなくなるまでは「船に乗る山笠」として知られていました。
2011年10月に8年ぶりに復活しました。

現在では船に乗ることはありませんが、住民らが地区内を曳いて廻ります。

ところ

唐津市肥前町星賀八幡神社

開催日

10月第3・4週の土曜・日曜日(2~3年に1度)

相知くんち

熊野神社の秋の大祭で、古くは「供日(くにち)」である10月19、20日に行われていました。
祭りの主役は「羽熊(はぐま)」と呼ばれる毛槍(けやり)を投げ渡しながら進む、江戸時代末期の大名行列を模した行列です。

この羽熊大名行列は唐津神社の『神祭行列絵図』にも描かれているように、元をたどれば唐津くんちの際に行われていました。
明治6年(1873)、唐津神社から相知村の村社(そんしゃ)であった熊野神社に毛槍や挟み箱が譲られたことから相知で羽熊大名行列が行われるようになったといいます。。

相知くんちでは「羽熊」に続き、稚児行列(ちごぎょうれつ)、神輿行列(みこしぎょうれつ)、鐘を打ち鳴らす中山浮立(なかやまふりゅう)、大野大黒舞(おおのだいこくまい)、山笠が続きます。翌日は、大人と同じ形態の「子供羽熊」が山笠等を引き連れて巡行します。なお、本祭前夜には宵山も行われます。

大名行列は元々「羽熊」の行列で、安政年間(1854~59)から唐津くんちで毛槍(けやり)や挟み箱を持ち、大名行列を模して唐津神社の神輿を供奉(ぐぶ)する行列が行われていました。
また、この行列は唐津藩主・小笠原氏の参勤交代の様子を模したと言われています。

明治6年(1873)、唐津神社から相知村の熊野神社に毛槍や挟み箱が譲られたことから熊野神社の祭りに「羽熊行列」が加わることになりました。
毛槍を投げ渡しながら更新する形態は、全国的に見ても珍しい例です。

大野大黒舞は、明治以前から行われていた伝統芸能です。一時中断していましたが、住民の努力により復活しました。恵比寿(えびす)、大黒天(だいこくてん)、毘沙門天(びしゃもんてん)、弁財天(べんざいてん)、福禄寿(ふくろくじゅ)、寿老人(じゅろうじん)、布袋(ほてい)の七福神に扮(ふん)した女性達が、大黒舞の歌とともに目出たい振付けで舞い踊ります。

ところ

唐津市相知町内

ところ

10月第3土曜・日曜日

 

エピソード・伝承・うんちくなど

相知くんちで唐津藩の大名行列

明治6年旧唐津藩主小笠原長国が転居するに当たり、唐津神社にあったご紋章入りの幕、参勤交代に使用した所道具(毛槍など)を払い下げてもらい、それ以降、熊野神社神祭では羽熊行列、御神輿行列、稚児行列が行われ、その後山笠が旧宿場町町内を引き回します。

地図・写真・統計資料など

小友祇園祭

小友祇園祭

浜玉祇園祭

浜玉祇園祭

浜玉祇園祭

徳須恵祇園祭徳須恵祇園祭

徳須恵祇園祭

納所くんち「ガメ踊り」

納所くんち「ガメ踊り」

納所くんち

納所くんち

星賀くんち

星賀くんち

相知くんち相知くんち

相知くんち

相知くんち「大名行列」

相知くんち「大名行列」

相知くんち「大野大黒舞」

相知くんち「大野大黒舞」

参考文献について

参考文献については、近代図書館が所蔵している資料もあります。

資料についての問い合わせは近代図書館までお願いします。

電話番号:0955-72-3467

唐津の祭り6:祇園祭と各地のくんちほか

唐津の祭り6:祇園祭と各地のくんちほかPDFデータ(PDF:173KB)

唐津の祭り6:祇園祭と各地のくんちほかPDFデータ(PDF:174KB)

唐津の祭り6:祇園祭と各地のくんちほかPDFデータ(PDF:239KB)

唐津の祭り6:祇園祭と各地のくんちほかPDFデータ(PDF:296KB)

Adobe Acrobat Readerのダウンロードページへ

PDF形式のファイルをご覧いただく場合には、Adobe Acrobat Readerが必要です。Adobe Acrobat Readerをお持ちでない方は、バナーのリンク先から無料ダウンロードしてください。

問い合わせ

文化振興課 

〒847-8511 佐賀県唐津市西城内1番1号

電話番号:0955-53-7129