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更新日:2015年8月6日

肥前町発、映画・書籍になった『にあんちゃん』

感動を呼んだ10歳の少女の日記

安本末子(昭和18年生まれ)は3歳で母を、9歳で父を亡くしました。日記は昭和28年1月、父の四十九日の日から始まっています。10歳上の兄、喜一が炭鉱の臨時鉱夫(りんじこうふ)として兄妹4人のどん底の生活を支えましたが、合理化でクビきりにあい、他の地に働きに行きます。姉吉子も唐津へ奉公に行き、「にあんちゃん」の高一と末子は知人の所を転々として暮らしました。
10歳の少女の日記はベストセラーになり、今村昌平監督のメガホンで映画化されました。(長門裕之、松尾嘉代、吉行和子、北林谷栄、殿山泰司などが出演)

安本末子は6年間、入野小学校で勉強し、入野中学校(今の肥前中学校)に1年生まで通いました。小学生の末子さんは、貧しくて辛い生活をしながらこの日記を書き続けました。小学校3年生から5年生まで、それから中学1年生のときに書かれた日記です。
末子さんの家族は、父、母、兄、姉、2番目の兄、末子さんの6人で「にあんちゃん」というのは、2番目の兄のことです。
兄弟は日本で生まれたのですが、安本さんのふるさとは朝鮮全羅南道宝城郡で、現在の韓国です。家族が生活していたのは、「大鶴炭鉱」のある佐賀県入野村鶴牧です。(今は、唐津市肥前町鶴牧です。)「大鶴炭鉱」は、多い時には家族も含めて4,000人の人が暮していたそうです。病院や店もあり、入野小学校の分校(大鶴分校)もありました。父はここで、石炭を掘る仕事をしていたのですが、臨時雇いだったので、決して豊かな生活ではなかったはずです。でも、貧しくても家族みんな暮らしていた時は、きっと幸せだったでしょう。

日記の一部

昭和28年<4月13日>
(靴が盗まれる事件があって)
まもなく、靴泥棒は捕まって、連れられていきました。二人でした。一人は、4年2組の人で、もう一人は、5年生の人でした。二人とも、うなだれて泣いていました。
盗る時も、びくびくと震えながら盗ったことでしょう。そのうえ、見つかって捕まった時の心は、どんなに怖かったことでしょう。私は、かわいそうでたまりませんでした。
末子さんは、靴を盗んだ人を憎むのではなく、なぜ、靴を盗まなければならなかったのか考えたのでしょう。家が金持ちで、靴くらい、いつでも買ってもらえるのだったら、盗む必要はないのです。貧しい生活をしている、靴泥棒のことを考えたのでしょう。

エピソード・伝承・うんちくなど

杵島炭鉱大鶴鉱業所について

昭和11年 入野村大鶴の香春炭鉱は杵島炭鉱に買収されます。日支事変、太平洋戦争中、国策に従い多くの外国人労働者による石炭の増産に取り組みます。
昭和20年 終戦により外国人労働者は一部を残して帰国、労働者不足で採炭不能となりますが引揚げ者などで操業再開します。
昭和23年~ 好景気になります。
昭和27年~ 合理化に入り、ストライキが行われます。
昭和28年 退職者が増え、採炭不能になります。
昭和31年 大鶴鉱業所は政府が買い上げしました。12月に閉山しました。

地図・写真・統計資料など

映画「にあんちゃん」ポスター

映画「にあんちゃん」ポスター

「にあんちゃん」の本

(入野小学校HPより)

引用・参考文献(出典)

  • 入野小学校HPほか

参考文献について

参考文献については、近代図書館が所蔵している資料もあります。

資料についての問い合わせは近代図書館までお願いします。

電話番号:0955-72-3467

肥前町発、映画・書籍になった『にあんちゃん』

肥前町発、映画・書籍になった『にあんちゃん』PDFデータ(PDF:154KB)

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問い合わせ

文化振興課 

佐賀県唐津市西城内1番1号

電話番号:0955-53-7129