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更新日:2015年8月6日

波多三河守親

波多氏の興亡

松浦地方を支配した波多氏の興亡

松浦(まつうら)党の祖、源久(みなもとのひさし)の流れをくむ17代波多三河守親(はたみかわのかみちかし)は、上松浦党を束ねてきた戦国時代の松浦の領主です。岸岳(標高320m)に築かれた堅牢(けんろう)な山城を居城として、領地の整備・発展に励み確固たる地盤を築き上げました。
しかし、豊臣秀吉によってその隆盛は無残に打ち砕かれてしまいます。朝鮮出兵で兵の半数以上も失う働きを見せながら、いわれなき懺言(ざんげん)によって秀吉の不興(ふきょう)を買いお家取り潰(つぶ)しになってしまうのです。釈明の機会も与えられず、三河守は常陸国筑波山(ひたちのくにつくばさん)に幽閉(ゆうへい)されました。
佐賀県指定の天然記念物に「切木(きりご)ボタン」という薄紅の花があります。三河守夫妻が愛した明(みん)国渡来の牡丹(ぼたん)で、家臣が主君を偲び(しのび)焼け落ちた岸岳城跡から持ち帰り、肥前町切木に移植した物です。このエピソードは遠く博多へも伝わり、以来三河守に同情した人々は博多祇園山笠(ぎおんやまかさ)の飾りに牡丹を加えるようになったと言われています。

地図・写真・統計資料など

波多三河守親の墓

波多三河守親の墓

切木ぼたん

切木ぼたん

(『唐津探訪』より)

参考文献について

参考文献については、近代図書館が所蔵している資料もあります。

資料についての問い合わせは近代図書館までお願いします。

電話番号:0955-72-3467

波多三河守親

波多三河守親PDFデータ(PDF:241KB)

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問い合わせ

文化振興課 

〒847-8511 佐賀県唐津市西城内1番1号

電話番号:0955-53-7129