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更新日:2020年1月1日

特別史跡 名護屋城跡並陣跡

名護屋城の築城は、今からおよそ400年程前です。国内を統一した豊臣秀吉が、朝鮮半島、明国(今の中国)へ向けて出兵(文禄・慶長の役)するための軍事拠点として築かせました。大量の船を一度に停泊できる港があり、かつ朝鮮半島へ容易に渡ることができるという立地条件の良さから、名護屋が拠点として選ばれました。

もとは松浦党波多三河守親(はたみかわのかみちかし)の家臣名古屋越前守経述(つねのぶ)の居城(垣添城(かきぞえじょう))でしたが、これに改修を施し、五層七重の天守閣や櫓(やぐら)、書院、数寄屋(すきや)、櫓門などを配し、そのスケールは17haと大坂城に匹敵するものだったといわれます。

名護屋城周辺には、徳川家康陣跡、石田三成陣跡など約130か所の大名陣跡が確認されていて、全国から諸大名の軍勢が集結すると同時に、京・奈良・大坂・堺・博多から商人も集まり、名護屋城周辺に城下町を形成していきました。名護屋城の築城により、日本各地から集まった将兵、商人などで賑(にぎ)わう人口20~30万という巨大軍事都市が瞬く間に出来上がりました。

陣跡は鎮西、呼子、玄海にわたって広大に布陣し、史上かつてない一大城塞群の威容がしのばれます。現在、名護屋城跡と23か所の陣跡が国の特別史跡に指定されています。

 

名護屋城跡並陣跡遠景

名護屋城跡復元模型

 

唐津市鎮西町名護屋・呼子殿ノ浦

指定年月日:昭和30年8月22日

種別:特別史跡

 

問い合わせ

生涯学習文化財課 

〒847-8511 佐賀県唐津市西城内1番1号

電話番号:0955-72-9171